第23回毎月短歌・連作部門に投稿いただいた短歌作品の一覧です(表示順はランダムです)
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幸せの土地
心象の海を求めて閉じた目の奥の浜にも樹脂のきらめく
痛覚の無ければよしとちぎる葉と開く子房と殺す豆の子
Ethicalな畑の縁にけだものと貧しき者の肉の連なる
窮乏と銃火に開く雨傘の縁を滴る雨は汚い
飛行機の雲に無邪気にリリカルなモノを見られる土地の幸せ
(鯖虎)
ばいばい。ばいばい。
呼吸とは孤独な作業 会話とは相手の吐いた息を吸うこと
また前の苗字を予測変換の候補に挙げる愚かなスマホ
指に目があれば何かに触れるたび見つめてしまうからなのだろう
人間をたまごで産めば孵化までに割りたくて割りたくて割りたい
なんかもう思い出だけで生きられる紺とピンクをまぜたむらさき
じゃあ、またね。うん。じゃあ、またね。元気でね。うん、元気でね。ばいばい。ばいばい。
(宇祖田都子)
一人遊び
妹に母のとなりを譲った夜一人の布団が怖くて寒い
また少し自分の影が薄くなり甘え上手を妬んでしまう
泣かないがほんとは強くないのだと誰にも信じてもらえぬ子ども
一位にはなれずビリもなんとか免れて一人遊びがずっと得意だ
もう無いと消えた時間を数えずにまだ咲く花へ水やりをする
(山口絢子)
雷鳴から透明
雷鳴のようなお叱りLINE来てドクターストップアラレちゃんになる
生産性を高めるという名目の言葉で人がどんどんと死ぬ
同性愛差別発言繰り返す”社会人”には嫌われていたい
母曰く「女性は職場の花だった。結婚すると辞めさせられた」
産休をとる先輩の微笑みよ リプロダクティブ・ヘルス・ライツ
「人は皆いつかは家庭を持つもの」と 透明になるプライドマンス
(奈路 侃)
音楽を観る〜パウル・クレー展に寄せて〜
できるだけこの身を搬入前にしてざわめく都市を西へ横切る
軽やかに何度も正しく乗換える王を迎える儀式のように
海沿いにパウル・クレーは目をあけるグラデーションはずっと深くの
空間はコンクリートに浮遊するオブジェに感傷してはいけない
色彩の線があやなすポリフォニー絵から聴こえる音楽を観る
哲学が銅版画になり掛けてある苦悩がガラスで守られていて
ウェットインウェット例えばまだ若いふたりが交互に泣くような星
ほんものに触れたあとには嘘じゃなく吐きそうになる愚かな日々に
丁寧にこの身に搬入し終えれば記念にポストカードだけを買う
ロビーなら分身を置いてゆけるかとゆっくり瞬きを五回する
潮風がバレエシューズに似合うから硝子の光る角度の踊り
展示室みたいだと思う人生は時折激しく心が揺れる
(はるかぜ)
ショート・ステイ
言語から離れた場所に灯らせたシグナル ずっと待っている シグナル
火の赤をぼやかしてしまう雨がすき正しいものを連れてくるから
きなさい 濡れた羊を招き入れるときにはぬるい命令形を
吸い込めば雨はゆたかな物語 ちょうど世界をひとめぐりして
ComeとGo、その中間にStayがあり、ここに暖炉があってよかった
乾かしていたはずなのに拭われて、泣いてしまう 強くはいられない
注がれるために頷く 漏れるとか溢れるとかを知らないダムは
うたたねをする唇の隙間から窒素とほんのすこしの讃歌
置き土産の羊毛を集めています。そのうち小さな君を抱けそう
ねがいは舟 流れの前に放たれて行方しれずになっても、それで
(村崎残滓)
体内にある塔のこと
「大雨よ、何をぐずぐずしてるのだ」ゆっくり溶けるボーイフレンド
降雨とてかわいい方が得だから今ではぜんぶガールフレンド
(窓の外にイルカが見える手をつなぐガールフレンドと入れ替わる)
ガールフレンドの数だけ傘を用意する傘工場を一夜で潰す
大雨が僕を濡らして体内にある塔のことを教えてくれる
甘い言葉に汝の汝がぐらついて汝もガールフレンドになる
おやすみん ガールフレンドは大雨をものともせずに僕宅に着く
(海)
ターコイズバックドロップ
ターコイズバックドロップ 意味なんかないけどなんかブン投げたくて
アメジストレインフォレスト 紫の雷雨に濡れる幻想的死
ルビースローダンス私は二人いて互いの欲を補ってたい
声にして楽しい感じ 現実もそんな感じで生きてられたら
(麻数)
ファミリーじゃないマート
歌う君「あなたとはもう、別れたい」ファミマの入店音に合わせて
ファミリーを作れなかったぼくたちが最後に選ぶ弁当ふたつ
あたためてもらえませんか店員さんイヤぼくじゃなくて弁当弁当
帰り道レジ袋さげてない方の手できみに似た虚空をつかむ
欠けていたものが何かはわからずに割り箸も変な形に割れる
ファミチキを片手で握りしめたときしたたるものは涙ではない
(汐留ライス)
花の名を手放すな
花の名を知っているのを咎められ だから忘れた、忘れてしまった
ああなんてまぶしいえがお、嬉しそう「そんなことも知らないなんて」
パソコンの違いに興味を持てなくて六甲おろしをそっとハミング
ばかだからばかだから そうばかだから笑うだなんて悪手を取った
見かけると嬉しい花が咲いていた 名前が出ない、思い出せない
喪失を補うように食べ食べ食べ眠れなくなり執着をした
枯野原 自分軸を失って壊れたように泥眼は舞う
ばさばさの心でひとり赴いた植物園に赤い芍薬
芍薬のラベルをそっと撫でながら「シャクヤク」小さく呟いていた
忘却の海で名前をなくしてもはつなつの香は私を見捨てず
お互いに未熟だったね私たち「普通」の響きは甘美だったね
(別木れすり)
7月のデーゲーム
自チームの予告先発ピッチャーは4回まではいつだって神
今日こそは勝ちをつけろと祈りこめ外野席にてラッパ鳴り出す
丸薬のシートみたいに並ぶゼロ1シート分もう出来上がる
味方さえ想像しない時にだけキャッチャーが打つソロホームラン
「ビールでは水分補給になりません」5杯目を買うおじさんと聞く
7回の表球団歌が鳴っていつもビジョンに映る友達
6番が四球を選ぶ僕たちの喉に明日の余力などない
神様は時に優しい伝説の代打満塁ホームランとか
ガラガラになる球場の片隅でヒーローの名を何回も呼ぶ
海風を背に駅まではビジターのユニフォーム着て堂々歩く
(りのん)
成就せぬ恋
初恋は中学の頃で二つあり 形而上のひとと形而下のひと
初夏《はつなつ》を駆けるあの子を捉えたり 放送室のビデオカメラは
初恋のひとは既に逝きたるを知る 同窓会は色を失った
若き日に恋い煩いし音楽家《かのひと》に贈りしLILIUM《しらゆり》の棘は抜けぬままに
恋愛成就経験のない僕は 別れも知らぬ無敵の人である
エンドレス、
アイラインなんのためとかではなくて引いたらそれはスタートライン
平日の午前8時の容れ物に収納されて暗転します
朝礼の号令5回聞いたってまた来週が来るエンドレス
「好きなこと仕事にしてる」この辺じゃ聞いたことない(証言者A)
見かけなくなった彼らの星だけの地球と違う時間があって
(社会とは押し付けられた役割りをこなすことだよ)有休を取る
歯車はまわりつづけて読点のように眠った、陽が昇るまで
(真朱)
Feeeel
目に見えるものが全てと教わって雲の向こうで死んだ太陽
暗闇が暖かかった記憶なら母の体に置いてきました
分かったか分からないかが分からない ブルースリーは感じろと言う
ホントウノジブンとかいう珍獣を探しにたまに飛行機に乗る
もう推しよ代わりに生きてくれまいか養育費だと思う課金は
月曜の目覚ましが鳴る 脳みそで私が選んだ正しい朝の
キャンセルのできない生に欠かさずに水をやるようコップを洗う
6割は水分というわたくしの残りの部分で心臓は鳴る
(木ノ宮むじな)
わたしの公園
前のめるパンダの騎上から見える手摺りを歩く虫たちに夏
バレットジャーナルの後れ毛を追いながらさらさら暮らす 逆光の糸
特別な虫を欲しがるこどもたち資本主義下のカードゲーマーとなれ
屈伸に夏のみどりが対流しシロツメクサがそのたび香る
我々の知らない技術 しゃぼん玉こんなに強くなってしまって
恋人をボートにのせて父親のような顔した知らない人が
生きている匂いがするね池に浮く花びらたちのパズル限りなく
あおあおと知らない歌を風に撒く 類想ありそう雑草で草
中空で羽虫がざわり立ちどまる 信号待ちのような面持ち
Bluetooth 川で拾ったルーン文字ゆびでなぞって祭礼のうた
蜘蛛の巣を透かして川を見るときのおさえきれない光について
日曜の公園こわい ともだちを捨てて捨ててきたわたしの画角
(畳川鷺々)
新宿
東京と言われたときに思い出す原風景はたぶん新宿
雑踏にも暗黙の了解があって希死念慮が顔を出す
東口、東南口にルミネ口 ダンジョンには北口だけない
ホスクラに行ってみたいな 修羅の夜 きみが沼ったルキに会いたい
お伊勢丹 貸切にして外商よ コスメフロアの空気買わせて
ゴジラ見下ろす歌舞伎町 世界の誰かの家族写真にもゴジラ
アルタがなくなり、あそこはなんて呼ばれるの? がらんどうのビルの前
トー横に並ぶコンカフェ女子の列 若く可愛くたくましい群れ
大久保公園より遠いネイル屋は頑なに新宿を名乗ってる
バリアンてパセラ系列なんだね ハニトーで気づくラブホ女子会
(水無月ニナ)
市役所経由ディストピア行き
平日の県営バスはからっぽで市役所経由ディストピア行き
死にかけの商店街で流れてるオルゴールver.久保田利伸
どうせまた使い切れないジャガイモはバラ売りで買い割高になる
夕暮れに離着陸する飛行機を眺める人の多い地域だ
この街はだいじょうぶなのと尋ねれば目を逸らす西松屋のうさぎ
梅雨空の向日葵おろおろしてるけどちゃんと咲いててほんとに偉い
子どもらに輝く明日があるといい給食袋は蹴ってよろしい
(村田真央)
まにまに
人間の視点でいえば海原で眠るクルミは塩味である
はじめての家にはじめて夜がきてやっとベッドがぼくのになった
ぺとぺとり顔をつくって挨拶をする同じ顔で挨拶される
しないけどドアの隙間に差し込んだ光でアレを五回刺したい
泣いたのは玉ねぎのせい玉ねぎのせい玉ねぎのせい玉ねぎの
絶許 生まれたことも本意ではない がカレーはいつでもうまい
Wi-Fiはないけど音が生えてくる 風 水 光 虫 天使 にゃあ
会社にはアレらのために紫のレモンを置いた 夢だったから
だとしても息をしている だとすれば息していたい呼吸は祈り
神様の視点でいえば人間の一生はほぼ一瞬である
(てと)
それは世界に触れるための傷
寸前の蛇口の雫に触れてみる爪先にもある微かな痛覚
墜落という降り方で雨が降る嵐になれず真っ直ぐに降る
病的な白色灯の明るさに薄っすらずっと冷えてる躰
霧雨の向こうに見える花だけが花だけがただ青みがかって
空色を顔に掛けられこの距離で初めて泣いていいと解った
河口には鳴き交わす鳥それぞれに渇いた魂の鋭いかたち
胸の巣にわたしの抱く迷い鳥傷付いた鳥また飛べる鳥
その傷は世界に触れるための傷 重たいドアのすぐ側の海
夏雲の産声聴けば遠景に水の循環、落涙を還す
それからの全ての夏の炎天に撒かれる水の眩しいカーブ
(川瀬十萠子)
スタンス
目の前に手を翳しても見えぬほどべたり漆黒がまとわりつく
同じもの見て生きていけない君と僕の正義はずいぶん違う
転んでも転んでもまた立ち上がる的なの僕に期待しないで
君といる世界は声が響きすぎ僕はいるべき場所、見失う
僕が行く道を遮るものはもう赤信号だけそれだけにして
永遠にさようなら僕らはいつのまにか二度と交わらない川
(北乃銀猫)
歯科治療
まずそこのコップでうがいしましょうか、上擦る声が取れてませんよ
ゆっくりと横になります。大丈夫、ここは断頭台じゃないです
歯並びがとても良いです、本数がニホンオオカミと同じ数です
レントゲン撮っていきます、致死量の地獄は最近浴びてませんか?
親知らずまだありますね。どうします?秘密は埋めたままにしますか?
ここを治療します。毎日削られる/いなくなる どちらがいいですか
痛ければ手を上げて下さい。過去への麻酔はこれが上限ですよ
仕上げには化石を取ります。そうですよ、貴方半分なってましたよ
自宅でのケアは夜十一時過ぎ鏡を全て割って下さい
では次回ご予約は貴方が再度ここに繋がった時にしましょう
(枝香)
まだここに在る世界から
明日には世界の寿命が尽きるらしい 冷蔵庫には昨日買った味噌
これだから神など信用出来ないと姉は多めにバター切り取る
かき氷今年に入ってからはまだ 陽炎ももう見られないのか
翌日の破滅より生活信じ職場へ向かった友が愛しい
丘陵で空に嵌った星を観る ぬるい風吹く終末前夜
幕切れの暁天を渚から眺め 理由《わけ》も分からず泣いてしまって
喧騒に遥かなる時積もりゆき かつての都に蔦の隆盛
(嶌靄)
懐かない鳥
烏賊の甲喰い破る程獰猛な小鳥がわたしの手のなかにいて
誰ひとり知らぬ言葉で淀みなく世界の嘘を暴き続けた
空なんかしらない癖に飛び去って灼けつくような欠落、煙
(きいろい)
花束と灰
君に似た香りの花を見繕い束ねて作る君の幻影
凝固した愛そのものの花束に今この胸は圧し潰される
散る花は可憐な程に残酷で国道染める鮮やかな赤
逆襟の君の手元に詩と眼鏡昨日も同じ寝顔をしてた
微笑んで詩を読みながら珈琲を嗜む君も白煙になる
(稗田 白湯.)
After the Rain
「完璧な悲しみ」だったあの人が傘をさして立ってる姿は
「レインマン」人は得てしてすれ違う帳尻合わせに観てる映画
雨なんて無責任だと思ってたアナタが傘をくれた日までは
もう君は君を赦してあげていい紙飛行機は次の空へと
(空虚 シガイ)
キッチンライト
いつだってうまい加減にいきません 布団が夜を呼ばないように
真夜中のキッチンライト見ててよね こまったときのホットケーキよ
ホケミって圧縮はせずフルネーム呼びするささいな抵抗じみて
たこ焼き器みたいにみんな持ってんのそんなお手軽ハッピーの粉
割りきれず隙間にのぞく蜥蜴、ではなくてきちんと卵の黄身だ
卵殻膜 保湿成分うんぬんとR.Y.U.S.E.I.ひたすら鳴ったレジ先
室温に戻す気はない牛乳は三度に分けてああ入れすぎた
こびりつく卵の輪っかすぐ拭けば何にもなかったはずだったのに
モーターが震えるときの銀色のボウルと匂いの記憶 泡立つ
逆さまの気球みたいな泡立て器 粉は溜まって重みも増して
するほどの気概はないが、好奇心、ないけど生で食う人もいる、いた。
決められた正しい手順は消え去ってたったひとりの国産みのわざ
濡れ布巾しゅうっと鳴かせふかふかでつやつやだったあの子のやつは
いくつもの陸が生まれてふつふつと地固まるまで見つめ続けた
焦げつきも愛すよひとり大仰に愛をかたるよ深夜だからね
ただ流す流されていくへばりつく生地の残りに葦舟はない
器から知らず伝った小麦粉の液が含有してたさいわい
目的と手段が違う できたての多幸感とか知らんふりをする
やらずにはいられない日も胃を満たすことよりもただひたすらに手を
今じゃなきゃだめじゃないことだけしたくそういう意味で今がそのとき
まちがいじゃなくするための儀式めくラップをかけて冷凍室へ
永遠でなくてもいいの ただあすのあしたの先をいきのびたいの
夜というくくりの中にかろうじて残るねむりを朝がくるまで
ふかふかのかおりに満ちたキッチンの夜をおぼえておいて 消灯
(せんぱい)
mothman
流れる血 繭の記憶を辿りつつくるぶし辺りで薄くかたまる
地下鉄の気流が翅を抜けてゆくわたしは今もやわらかすぎる
信号の青に翔び立つ衝動を靴の重さで鎮めて歩く
糠雨に滲むネオンの腐り香に吸い寄せられて合わない歩幅
鱗粉の砂時計 きみの残響は幾つの夜をすかせば視える?
(白石ポピー)
似ているところ:性別
三角を丸で囲って疑問系数字の順番そんなに大事?
珍しく登校時間が被った日嬉しい照れる変なとこない?
好きな人と音楽の趣味が似てなくてうれしいそこがそういうところが
ねえあのさ、弛んだ糸電話みたいに近づきすぎるとわかんないね
桃味は好きでケーキの桃は嫌いとかあの子と居るきみは嫌いとか
雨粒が泣き顔誤魔化すなんて嘘トイレで鏡見て泣き腫らして
ねぇ虹が8色だからこれは夢?なら君の手を握ってもいい?
第ニボタンない子に恋して勲章も何もないけどただ好きでした
(照屋衣)
ワニワニ僕は子を抱きしめる
週末は動物園が良いという我が子はまるで子犬のように
入り口の「ようこそ」の字は塗り変わり何度でも出迎えてくれてる
食事中の子豚たちを眺めてはあれ美味しい?と聞く子の瞳
引っ張られガラスに近づく僕たちの前をペンギンすーいすいすーい
ひとやすみアイスクリーム頬張ってホッキョクグマと仲良しになる
ぬいぐるみ1匹そこに浮いているカコカコカコと貝割るラッコ
きりんきりん子は肩車されながらきりんだきりん指を伸ばして
ワニは歩く這いつくばって歩いてるワニワニ僕は子を抱きしめる
帰りつつ背負う小さな暖かさ今日は本当に楽しかったね
(折戸みおこ)
次世代文学