第22回毎月短歌・3首連作部門に投稿いただいた短歌作品の一覧です(表示順はランダムです)
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名前のない引き出し
感情の受け皿がなく手のひらで戸惑いながらも受け止めてみる
きっとこれは「恋」ではなくて別のものあふれたとろみはこんなに藤色
名前のある引き出しばかりじゃないだろうまだしまわずにじっと見つめる
(別木れすり)
海図
ポルックス「「特別なのはあなただ」」と互いに思い手をつないでる
存在を寿いでいるわたくしの想いは呪い、生きていこうね
間違って外に出ようとしていたね役に立たない海図を持って
(もくめ)
白い
熱湯の中で豆腐が舞っている大人の顔色ばかりのぞいて
長時間水に浸した米の白言いたいことはなんだったかな
さようなら小さな少女が抱いているリカちゃんの足は見る用の足
(はるかぜ)
水脈
クィクィと鳴きながらゆく水鳥の泳跡追えば水面に消える
生きているだけで一杯、精一杯 どんどん疲れてゆくワニザメも
悠々と鯨が泳ぐ太平洋 海が陸地を切り離していく
(祥)
AM2:30、クラブにて
フロアの隅あなたが踊るワイニーを一人で見てたテキーラ入れた
火をつけるハイメン終わらぬ長い夜朝まで踊れぬ飽きるトラック
抜け出したあなたとあの子を探すよりあいつと消えるわ当てつけみたいに
(桜庭チエリ)
きみの口から
春風に逆撫でされた湖のくしゃみに蛇が岸に飛び出す
取り込んだあなたの春のようだから白いつつじは畳みたくなる
ピザパンのチーズが垂れているきみの口からほつれるサマーセーター
(白雨冬子)
電気ケトル故障
新生活十二年目の春の朝——電気ケトルの故障とともに——
やかんを出すために脚立を出すためにクローゼットを片付けるために……
会者定離生者必滅電気の血が通う命も等しくかなし
(柾木理花)
「カリンバを買いに行くのだ」
カリンバを買いに行くのだ自転車で可愛いやつを買ってやるのだ
ぽんぽんと弾ける音の赤ちゃんはやわらかくってちょっと弱虫
おかえりをたくさん貯めておくからさ好きな世界を旅しておいで
(きいろい)
暗愁
ジャスミンが凌霄花《のうぜんかずら》を抱くように咲いていました夏の三叉路
東京も夜には雨が降るという 浮遊する雲、流れて来るか
眠るように死にたいと言うあなた 花びらはもう影も見えない
(祥)
檻(または故郷)
マジカルバナナ地元と言ったらの次檻と答えて笑ったあの子
N先生の娘さんとS先生の娘さんの色無き名刺
しゃがみこむ3番ホームの端っこで線路の果てを透視している
(羽)
monster in the closet?
クローゼット クローゼット 鬼が来る 鬼の名は善、またの名を普通
締め切ったクローゼットの隙間から爛れた世界が異質と苛む
たましいにあと何色を混ぜたなら皆と同じに生きられるだろう
(別木れすり)
中央線深夜3時
高架下 終電後なら静寂で手を繋いだら心音が勝つ
狭小のエレベーターでキスをした あなたが歌う『REMEMBER YOU』
好きでした 歩道橋から見る線路とか下手なくるりの『東京』だとか
(稗田 白湯.)
No Mathematical Life
衝動で生きてる僕は鋭角でフィボナッチ数列になれない
君と手を繋ぎ感じる摩擦係数をこれからどうするべきか
コンビニのテイクアウトのコーヒーをいつどこで飲む 最適解は?
(北乃銀猫)
フレームレート
静止画 として孤独は滑らかな時間の中に幽閉される
瞬きの合間に蝶が降り立って揺れた水面のことを知りたい
手のひらを鏡に重ね合わせれば世界との連続は絶たれる
(雨野水月)
月に想いを馳せるなんて
朝空にまだ残ってる白い月 神が片付け忘れたみたい
教室の窓越しに見る昼の月アナタは何処で死んでいますか
月光を浴びたアナタを知った夜 私の「好き」はやや歪んでた
(空虚 シガイ)
さくらんぼ解ける
そら豆の黒ずみし豆えぐり取る吾子にもそうして来しか怖じたり
明日帰りゆく子と分けあう桜桃の解けて初夏の雫となりぬ
柏餅をあと幾度子とともに食む指折りて数えるを怖じたり
(小野小乃々)
ハーフマイル
心臓のアクセルに足を置いて待つ 僅かな静けさオンユアマークス
半鐘がせわしく鳴れば トラックは火事場に変わるクォーターマイル
100メートル、あと100メートル 延々と脳内に肺にアラート響く
(ねずみ)
近過ぎる君へ
君の言ういらっしゃいませ聞きたくて1本早い電車に乗った
カラオケで君は必死にファルセットそのモテ曲は私は嫌い
告白はシュレディンガーの猫なのだ言わない限りフラれていない
アクアリウムに葱
買い物の途中ペンギンが見たくなり片手に葱を持って駆け出す
限界を超えてやろうぜ長葱を水族館へ持ちこむように
ペンギンに初めて葱を見せた人 いつかお墓に刻んでほしい
(汐留ライス)
失くした番《つがい》
さみしいと素直に言ってみたけれど相槌もない 僕は片貝
手袋はいつも右だけなくすからさみしい左手ばかりが残る
瘦せこけた月は必死の形相で消えた半身を探している
(北乃銀猫)
鴨を抱留む
観光はしないのだろうゆく川の流れに乗れぬ鴨を抱留む
抱かれつつきらわれてゆく「いきたい」と「しにたい」ばかり叫び続けて
手放せば五、六米(メートル)後退(あとずさ)り何処にもゆけぬままの鴨川
(村崎残滓)
いるだけでいいの
ネフライト ネフライト その左腕 憎む相手を間違えないで
“もし”ってさ、あなたみたいな副詞だね うん、治ったら海にいこうね
ここ最近もうすぐ死ぬって生きていてずっと未来の話をしてる
(右手のハンマー)
セブンティーン
すり減ったかかとのままのローファーで空まで行けたはずだったのに
笑ったり泣いたりしても8割は満たしてくれたマックのポテト
迷うのに結局おなじセブンティーンアイスの味といつものメンバー
(真朱)
休暇
はつなつの潜入捜査官という身分を明かしラムネをもらう
ただいまの声に応えるスピーカーそれだけでいい暗闇だから
明日は雨。ただそれだけのメッセージ ただそれだけのジンジャーエール
(宇祖田都子)
ぬいぐるみ
ぬいぐるみの眼はボタンだというのに
なんでも見てきた眼をしている
ぬいぐるみにはぶつけられなくて
謎のふかふかのもの投げていた
あなたはぬいぐるみと眠るひとだった
さみしくてそっと指をつないだ
(ゼロの紙)
祝福
平日の公園を往く異国語をBGMにさくら花散る
花びらがよぎる私は感じない風の在処を教えるように
散歩する間は雨が降らなくて今日は世界に愛されている
(りのん)
信じるくらいいいだろう
神妙に陰謀論を唱えてる人も普通にしてるパズドラ
信仰が違うとしても絶対にわかりあえるよ教のラリアット
来世はきっとあるからまず僕のぴんぴかぴんのミイラを探す
(メタル麺)
いちばんの星
天に咲く花みたいだね一瞬の高揚だけをあいしているの
星屑になれたらいいな 永遠をあずけてくれる生の重さで
人生をとりかえられた子どもたちどこにもいない本当さがし
(水也)
プロ人間
人身と略して気軽に通話するお辞儀するのは死者にではない
警報音鳴りつづけてる踏切で祖父の葬儀の経が重なる
死のそばで泣く人々の少なくてプロ人間の眼窩が透ける
(はるかぜ)
みてくれ
愛ゆえに「転ばぬように」と止められて入れ物になっていく人を看る
娘様《たにん》の名前で返事をする時の深海で息吐き切る心地
母の日の花贈られしあの人の肌着は明日もきっとぼろぼろ
(10)
ストロングスタイル
振り向けば君はロープを越えてきて笑顔で放つトペ・コンヒーロ
ねえそんなはしゃいで走って来ないでよそうか春だねネックブリーカー
そうだから僕は言ったじゃないですか雪雪崩式バックドロップ
(藤瀬こうたろー)
夜に泣く
軽音の彼のギターを聴くたびに心臓に咲くガーベラがある
ドラえもん、内なるのび太にキスをして硬い体で抱きしめてくれ
もちろんと夜でも飛んできてくれるきみは頓服みたいなヒーロー
大人になれば
テーブルの端に集めた透明を背の順にして夜更けを待った
きみもほら大人になれば雨の日のブランコに乗って吐く日もあるよ
ひとりずつ春を背負って歩くから空に見惚れて青も忘れて
(まつさかゆう)
漆黒のイストリア
昔書いた厨二あふれる設定が机の奥から出てきてつらい
思い出す記憶すべてが恥ずかしい誰か鈍器で忘れさせてよ
黒歴史いくつも増やして生きてきた赤っ恥だよアオハルなんて
(汐留ライス)
鶯の鳴く
鶯の伸びしろを聞く春の庭ホッケキョは日々ホーホケキョへと
さえずりが上手くなってく鶯にこの春もまた置いていかれる
聞かせたい子はもうそこにいなくても聴いてる人はいるよ、歌って
(桜井弓月)
松竹梅と呼ばれるものたち
生き残るために尖ってぼっくりと言われてもなお松を続ける
当然の顔をしながら届くまで何も求めず伸びていく竹
身勝手に比べられても梅はただ死んでいくだけ人など知らず
(てと)
お菓子たち
ドーナツの穴を埋める丁寧さできみの孤独をなんとかしたい
さかさまに置かれたシフォンケーキ粗熱と一緒に落ちる太陽
マドレーヌ見て思い出すあの子のお腹とびきり可愛いでべそよ
(冬庭やわい)
起立 礼 着席
朝礼の合図のように春は来てやや右寄りの重心で立つ
感謝だと思いたかった切り花が二度目の生を終えるうなずき
あとはもう筋書きどおり分別を済ませた子から土に着席
(ケムニマキコ)
それはきっと排水口に詰まってしまったふわふわのパンだったもの
閉じられた花びらたちは見たくない生の終わりと戦っていた
埋められて死んだ前世がちらついて先の見えないトンネルになる
コーヒーとクリームソーダくらいならいいのに 海で涙を探す
(てと)
春野にて
じゃあねって言いたくなかった帰り道 好きなんだって知る分かれ道
五月晴れきみの涙が乾くよう花かんむりを編んであげよう
好きな色みどりと知ったその日から今も続くよふたりの道は
(山口絢子)
「みんなヒトデに謝りなさい」
また君の隣の席になれなくてマダガスカルにぽつんとわたし
ひとりだけみんなと違う絵描き歌「そんなところに睫毛は無いよ」
悪い事したんだなって思うならみんなヒトデに謝りなさい
(きいろい)
解答
きみの手が愛のかたちをつくり出す今日も明日も雨上がりまで
指先が紡ぐあなたの毎日があたたかいようころがす毛糸
まだつくり慣れてないから朝靄の十四歳の日々が終わって
(水也)
春・狂想
私いま春の応援団だから並んでも買ういちご大福
貴女いま春の従業員だから見せつけてゆく白いパンプス
二人いま春のお得意さまだから週末までは散らぬ水仙
(りのん)
お出迎え
はからずも桜花ちりちり散り去りて若葉這い這い尺取虫
束の間の 存在 春に捧げて 去った 桜の肌の懶さよ
あと数歩重き足ひき辿る帰路ぼんぼり灯るぺんぺん草か
([久保川 建](https://x.com/OmgKing Toy))
春と鳥と
飛行機を追い越してゆくつばくらめ飛ばないための翼がほしい
春、それが影を濃くして足元につくる血だまり、じゃない、鳥影
群青に溺れるだろう空深くふかく雲雀は見えなくなって
(よしなに)
空気をける
二階から残像だけがとびおりた月がまばたきしている間に
はらってもはらってもなお蜘蛛の巣のようにはりつく言語野の霧
電線に引っかかってる星めがけ三段跳びで空気をけった
(月夜の雨)
私の病と母
これ以上母の怒りを買わぬよう小さな嘘を積み重ねている
母の「何故できないの?」という詰問に鬱病《やまい》の所為だ」と言えぬ吾は
親不孝でごめんなさい面倒も見ず鬱病《やまい》を得て職を失い
すくう
心には大きな虚《うろ》がずっとあり巣食う劣等感と目が合う
掬うのが下手だね、匙からゆっくりと落ちるアイスを目で追いかける
救われたい自分を救うため人を救う 止まない雨がよかった
(あきの つき)
非繁栄勢力
ジュラ紀にも悪口がある牙が無い走るの遅い恋をしてない
ココナッツお前も海を渡るため自分を少し捨ててたんだな
雨風と低気圧らと手を結び独りが好きな桜を散らす
(沙々木キハム)
合唱コン
拍子振る君の手つきに見惚れてい おい伴奏と目を合わせるな
唱の字が消されたままの黒板に見守られつつ体育館へ
知ったことあいつは案外真面目だしこいつにはつむじが二つある
(久方リンネ)
Season2
らしさってなんだ 躑躅の咲き狂う春にわたしはスカートを脱ぐ
どろどろに溶けてしまえる繭のなか器を作り直す命よ
もし蝶の生であるなら蝶として生きたいだけだ死にたいだけだ
(木ノ宮むじな)
飛べる気がして
春うらら わたしの隣に落ちてきたHello彗星みたいなきみ
おそろしい流星の尾をよーくみてつまんでみたら飛べる気がして
涼雨 弱アルカリのきみとぼく 溶け合ってほら世界はまわる
(まつさかゆう)
甘い麻酔
水底にひらく茉莉花さびしさにおぼれる夜は甘い麻酔で
少しだけ泣ければいいのひとつまみ加えた塩で引き立つ甘さ
無果汁のいろはすの濁りわたしにもほのかに甘い成分がある
(月夜の雨)
紛れ込んだ旅人
行く人も過ぎ去る人も喧騒の世界に消える歓楽街に
騒がしい都会を抜けて路地裏に住み着くネコの頭を撫でる
星一つなにも見えない暗闇は鳴き声すらも雑音となる
(雨宮雨霧)
Spread butter
トーストにバターをそっと塗るようにわたしの傷を撫でていくのね
トーストにバターが滲んでいくような優しさだったあなたの嘘は
トーストにバターを溶かす手のままでスマホの通知をそっと無視する
(箭田儀一)
もののけらへ
上手く化け姿形はひとなれど怪獣いくつこの星にいる
朝咲いた野ばらをそっと抱いてみる棘持つものの星に満ちゆく
マリオマリオ願いを聞いて肥沃なる彼の地に救いを齎し給え
(丸山美樹)
辞書
俯いて 休み時間に 辞書開く 早く鳴れよと チャイムを呪い
国語辞典 〝友達〟の箇所 塗り潰す 黒い油性の ペンが嗤った
〝友達〟は 心を許すと 辞書にあり 金田一教授 それ本当に?
(夏海)
卒業
遠方に向う子の影見たのは葉桜の季節影なら抱いても恥ずかしくない
学生時代に憧れた電車で今は地下鉄を走るが景色は、なにも見えない
アルバムは積み重なって晴れやかな笑顔こぼれ落ちカノンが流れる
(フラ子)
ポイント制
なんでやのICOCAで貯まるポイントが電車賃には使えないこと
貯まってるポイント失効日迫る換えたいものはここにはないの
善行もポイント交換出来たら一日一時間プラスとか
(谷まのん)
動物園哀歌
檻の中飛び方忘れたコンドルはダチョウの友になれるだろうか
マレーバク静かに歩く白と黒パンダを妬まず青草を食む
片足でフラミンゴ寝る昼下がり電車で眠る我が身にも似て
それだけの感情
追い抜かれ先に乗られるエレベーター強めに押した上行きボタン
手伝うと言ったあのときからずっと役割になってしまった仕事
許せない、そう言ったのにもうなんの怒りだったか覚えていない
(真朱)
『今日何食べた?』
頑張れない 朝の目覚めの「大丈夫」溶かしたコーヒーよあまく濁れ
パンを焼く 炎 いつかのわたくしは この身をうまく焼けるだろうか
一日の失望ぜんぶ託された海老チリ すこし背筋を伸ばす
(10)
Listener
ラジオから薄くこぼれて四限目の窓外にきらめく声 きっと
片耳のイヤホンをしゅるしゅると梳く 机の日焼けのひとつになって
皺のない漣でしたAMもFMも教室という戦禍の
(ぶりきのかに)
ブルべ夏
孤独はカワイイのスパイスと信じてあたしは41キロブルべ夏
星屑じゃダメで星がよくて、生理を止めても41キロブルべ夏
神さまのいない街で砂糖のよに蟻群れる41キロブルべ夏
(水無月ニナ)
いい男
雨道でよく転ぶぼくいい男 しょっぱい水が頬を滴る
曇天でふられてもいい遠回り 泥に濡れても夢はさめない
七色が挨拶をしたキラキラと 眩しすぎてもまだここにいる
(ひのき あさみ)
ははははは
ゆりかごに暴れたターコイズブルー ひとり立つ夕暮れの赫赫
コーヒーはブラックでもう飲めるってば 僕から俺になってたみたいに
母の推しは二十歳 ライブ遠征のタイムマシンに助走をつける
(結城一縷)
習作(アラスカの印象)
アラスカに短い春がやってきてそれらを喰らい尽くすカリブー
ハクトウワシは水面を叩くぱちぱちと割れる薪のようなリズムで
結末を受け容れる紅鮭の眼が映してきたであろうそれから
(村崎残滓)
舟
涼やかなわたしの舟に乗り込んだ両勢力のどちらもが火
液晶の背景画像に浮く舟をあなたはドラッグアンドドロップできない
水槽の縁に座礁し方舟は栓をめがけて深く潜った
(畳川鷺々)
ファミレスと神様
ふらふらと灯りに集る僕たちをファミレスだけが許してくれる
呼び鈴で神様を呼ぶ注文は赦しと救いでお願いします
銀色の匙をスープに沈めててどうにもできない愚かさがある
(にいたかりんご)
『カットトマトに溺れるチキン』
ああ無情搾り取られてゆくのですカットトマトに溺れるチキン
緑黄色野菜の涙カラフルで幸せそうでいいねと言われる
彩りは大切だからと母は言う「いただきます」と丁寧に言う
(ツキミサキ)