(編集部註:選者の橙田千尋さんより発表原稿を預かりましたので公開いたします。対象は第13回毎月短歌の7月の自選短歌部門です)
こんにちは。橙田千尋(とうだちひろ)です。第13回毎月短歌の自選部門にて選を担当しました。今回集まった300首弱の短歌の中から、印象に残った短歌を10首取り上げました。取り上げた短歌は順不同です。
■印象に残った短歌
天の川を人差し指でかき混ぜてあつめた光であなたを撃ち抜く/みつき美希
スケールの大きさが印象に残りました。
主体はまず「天の川を人差し指でかき混ぜ」ます。ここで主体の考えていることのスケールの大きさが示されます。そして「あつめた光であなたを撃ち抜く」。天の川を「かき混ぜてあつめた光」で、たった一人を撃ち抜く。「あなた」への想いの大きさと強さが伝わってきました。「撃ち抜く」が良く、「撃つ」よりもあなたへ向かう光の威力が強く感じられます。最後までスケールの大きさとあなたへの想いが保たれたままこちらに伝わってきて心を動かされました。
ばかうけの袋をちゃんと切るための鋏 午後には病名がつく/あひる隊長
「ばかうけの袋」は手でも開けられたように記憶していますが、主体は「鋏」を用いて袋を切っています。「ちゃんと」があることで主体の丁寧な動作が想起され、できるだけ切れ目がまっすぐになるようにと思っているのかな、というところまで想像が働きます。
また四句目の途中で一字空けが入り、この後主体もしくは主体に近い人物が医師から病名を告げられることが分かります。ここで主体の不安さがにじみ出てきて、短歌を読み終えた後も状況の静けさと主体の不安が余韻として残るところが印象的でした。
君の名を呼ぶ人たちに訪れる幸福率が高めだといい/ZENMI
不特定多数の人に幸せであってほしいという旨の願いはよく見聞きしますが、「幸福率が高めだといい」という願い方は見聞きしたことがなく印象的でした。「幸福率」という数値化できそうなものが主体の中にあって、それが高い率であってほしい。方向性は一緒なのに、「幸せであってほしい」などの言い回しを用いるときよりも妙な具体性があります。
また「幸福率が高めだといい」とすることで、「幸せであってほしい」よりも達成基準がちょっと緩和されているように思えてそこも面白かったです。
うつくしい栄養だけで育ちたい毛繕いして考えている/しろねり
栄養は生物にとって必要なものであり、様々な栄養素をバランス良く摂ることが一般的には推奨されます。しかし主体は「うつくしい栄養だけで育ちたい」と望んでいます。「うつくしい栄養」って何だろう、「うつくしい栄養だけ」摂るのはなんだか身体には良くない気がする、などといった想像が膨らみます。
主体が人間かどうかは確定できないように思っています。生物はおしなべて欲求を持っているはずで、歌の中の欲求は人間だけのものとは断定できないためです。この歌では、主体がどういう生物なのかが確定しなくても歌の良さを損なわないと思います。
路地裏にビールケースを積み上げてそれでも届かぬ月を見上げる/宇井モナミ
「それでも」がこの短歌を支えていると思いながら読みました。
歌の中に「それでも」が入ることで、主体がビールケースを何段も積み上げていて、その行為のために労力をかけている光景を思い浮かべることができます。労力をかけて積み上げたビールケースはある程度の高さがあって、主体は積み上げたビールケースの存在をひしひしと感じているけれど「それでも」月までは届かない。ビールケースと月という異なった二つの高さに思いを馳せている様子が伝わってきて、印象に残りました。
集会の時間に遅れてる猫に体当たりされそうになる夜/てと
夜に主体が歩いているときに、近くを猫が横切った場面だと想定しました。横切った猫の勢いが伝わってくる一首です。勢いのよさを支えているのは「遅れてる」と「体当たり」で、まず「遅れてる」で遅刻をして焦っているように見えるほどのスピードで猫が現れたことが分かります。その後「体当たり」が入ってくることで、猫の動きに勢いがあることが強調され、さらに猫が主体のかなり近くを通ったことが伝わってきました。
勢いのある猫は主体のもとを去り、最終的には落ち着いた夜が場面として残るところも印象的でした。
心臓の裏に燃えやすい箇所があり見抜いた者のみ火をつけられる/叭居
「心臓の裏に燃えやすい箇所」がどうやら存在するらしい。そして「燃えやすい箇所」を「見抜いたもののみ火をつけられる」らしい。提示される情報の真偽は定かではありません。ある条件を満たした者のみが火をつけられるというのは、なんだか言い伝えのようにも思えてきます。
読み手は「心臓の裏」や心臓の「燃えやすい箇所」、火の様子などを想像しますが、具体的なところまでは想像できません。でも想像しようと思いたくなるのは、一首の中で出てくる情報が適切に整理されているからだと思います。想像力をかき立てられた一首でした。
パンケーキ膨らまなくてこの夏は逆に海でも行こうかなんて/畳川鷺々
パンケーキが膨らまないことと、海に行こうと思い立つことは、逆説かと言われると微妙なところです。ですがこの歌では「逆に」という逆説の厳密でないところが、口調とマッチして印象に残りました。言葉の厳密でない感じを示す例としては、通常は後ろに否定形がくる「全然」が、「全然行けるよ」のような使い方をされることが挙げられそうです。
上に挙げた「全然」とこの歌の「逆に」はフランクさが出るという点で似ていて、フランクさがパンケーキが膨らまないという少し残念な状況にマッチし、歌に程よく軽い空気を与えていると感じました。
雷鳴が遠ざかるのを聞きながら頬杖をつく浴衣の金魚/よしなに
浴衣を着ている相手と主体が、室内で雷がおさまるのを待っている様子を思い浮かべました。「頬杖をつく浴衣の金魚」という語順になっていることで、短歌を読んでいく中で頬杖をついている相手→相手の浴衣→浴衣の中の金魚というような形で光景がクローズアップしていきます。
印象に残ったのは「頬杖をつく浴衣」で、主体は相手を見てはいるけれど相手自身ではなく着ている浴衣、さらには浴衣に描かれた金魚に目がいっています。急な雷でやることが制限されてしまい、時間を互いに持て余し気味である様子が読んでいて伝わってきました。
ぼくにもし星形奥歯が生えたなら写真に撮ってよ、映えると言って/別木れすり
「星形奥歯」という造語のインパクトに加えて、造語によって相手に対する切実な願いがこちらにより響いてくるように感じられました。
もし「星形奥歯」が生えるという身体の変化があった場合、この主体は隠すのではなく写真を撮ってほしい相手に見せることを選択しています。そして相手に対して「星形奥歯」が生えたことをなぐさめたり奇妙がるのではなく、「映える」ものとして受け取ってほしいと思っています。「星形奥歯」をきらめきのようなものとして写真に撮ってほしいという気持ちが伝わってきて、その切実さに心を動かされるものがありました。
以上が今回取り上げた10首になります。7月の自選ということもあり、夏の歌が多かった印象です。自分も今年の7月に作った短歌を見返すと、夏の夜の生ぬるさに関する歌を作っていました。
たくさんの短歌を投稿してくださり、ありがとうございました!
(橙田千尋)