第21回毎月短歌・連作部門 作品一覧

第21回毎月短歌・連作部門に投稿いただいた短歌作品の一覧です(表示順はランダムです)

[選評結果一覧など「毎月短歌コミュニティ」でいちはやくまとめられています。参加はこちらから]


レモンイエローの春

朝君とさようならした蕾がひらくように静かにたしかに

先生もどこに埋めたか分からない思い出たちが酒の肴

白桃を爪楊枝に乗せてふーふーしてるよ熱くもないのに

背伸びしてちちんぷいぷい花ひらけ そのまぶしさは紛れもない春

北風に立ち向かう子らの園帽 勲章のようなレモンイエロー

今日だけは君がいちばん綺麗だよ「だけ」って言うな今日だけは

洗濯槽で溶けちゃいそうな春ニット 味噌汁の中の絹豆腐

明日から冬に戻ると決めたのは君でもなくて春でもなくて

色めいた頬を濡らす初雪をまたねと撫でる赤いセーター

起きがけの瞬きだけで散るような100ミクロンの春が泣いてる

幾千の花屑を拾い集めたら春をしまっておけるでしょうか

ぽろぽろと闇に蕩けた泣き声が朝日に変わるまでが夜だよ

サバンナを生き抜いたような健脚で僕を抜き去る桜前線

食い気味のいってらっしゃいは頑張れ負けるな君を愛してる

新しいスニーカーを履いたから今日も生きる誰にも負けない

まつさかゆう


桜人へ

桜なら見ても大丈夫だろうか心壊れた今のボクでも

ラジオから開花宣言リバテープ剥がして突如めぐる追憶

この木はね桜の木だよあの人が教えてくれた去年の5月

突然の訃報によって弔いの花見へ顔を変える土曜日

目の前が不意に開けて桜雨 自分を赦せる予感がした

悲しみのエピローグには押し花を添えて君への手向けとするよ

空虚 シガイ


冬に花火

手のひらを組み合わせれば最小の棺と思う祈りはいつも

気管支の枝ふるふると来年の春にやりたいことを話した

目の奥に悲しい鹿の群れを見る傷に薄らと雪の積もった

花束を手向けるように泣かないで、私は君の映画じゃないよ

点滴と雪の速度が重なって離れるまでの息の止め方

泳ぐみたいな手の振り方だ体内を白い星座の保育器にして

神様の似姿として僕たちの握れば骨の浮き出る拳

ふりだしに戻ることなき双六と知っていたとて知っていたとて

(銃口だ、あれは銃口)花開く 私もそこをくぐった種だ

かむろ菊 渡せなかったどの花も燃えてしまえば温かな灰

ケムニマキコ


四月一日(わたぬき)に出勤したら引き出しが金魚の池になっていました

四月一日(わたぬき)に出勤したら引き出しが金魚の池になっていました

エイプリルフールと言えど明らかに許容範囲の壁乗り越えて

上司には「愉快じゃないか。ハハハハハ」全くもって話にならず

他の部署の同僚が来て見学を現場は物見で仕事にならず

社長までウワサ聞きつけ秘書連れてわざわざ足を運ばれました

数日後取引先から植木鉢「金魚には柳が合いますから」

休憩の時間に立ち寄る人増えて『オアシス金魚』の名称賜り

気がつけばボートと釣り堀フィギュアまで置かれてもはや芸術作品

連休を明けたその日にあの池は忽然と姿を消しました

あれは夢だったのでしょう引き出しは空地になってつまらなそうで

明眼子


剥がれ落ちる世界

小さくはならずに済んだ制服を着てきみが飲む最後のポタージュ

ママ似っていつも言われるきみの目はこういう日だけあの人に似る

大人びた行ってきますを見送って正しい母を装う化粧

制服が滞りなく占拠して体育館は人が平たい

あの人の姓で呼ばれて返事するきみは卒業生代表である

翼でも広げるように壇上できみが大きく吸い込んだ息

傷つけて傷つけられて生きているきっと誰しもこれから先も

きみにすら私の知らない顔がある世界は剥がれ落ちていくもの

季節よりゆっくり変わっていくものを大事にしたいときみは言ったね

終わらない記念撮影まだ硬い蕾の下に私も入る

木ノ宮むじな


悪夢とテーマパーク

処方箋 悪夢を見たい時 一錠 現と共にお飲みください

乗っている一角獣を騙してて不純なわたしがじっとり廻る

お手を触れないでくださいからっぽの着ぐるみに気づかないでください

セーフティーバーのほころび 幸福の最高地点の向こうが見える

閉園のアラームが鳴る ほんとうの悪夢が朝と迎えに来たよ

にいたかりんご


水族館のふり

昼の月ざらざらだって思ったら涙からわたしが落ちてきた

甲羅干ししている亀が聞いている夕日の弱音ぶくぶくぶくぶく

インスタントコーヒーを湯に溶きまぜて夜勤に泡の銀河をともす

笑いたくないのに笑うとき祈る常に笑顔のイルカのことを

まだ誰も亀を助けて来ないから水族館のふりをして待つ

白雨冬子


『クローゼットに死体はいない』

テレビから流れる事件の犯人の隠さなければいけない暮らし

想像をしなくていいのにしてしまう隠さなければいけない暮らし

見つかれば人生はもうドン底だバレないためには何でもできる

こうやっていい人の顔していれば疑われることなんてないはず

苦しいか?生きてるよりも苦しいか?問いかけてくる奴がまた来た

にやにやといやらしく笑い指をさす光沢のあるクローゼットを

大丈夫わたしは誰も殺してないクローゼットに死体はいない

人間は弱いし脆い誰だって加害者になる危険を孕む

ツキミサキ


優しい滅び

砂漠化と言う唇のささくれで思い出すサボテンの水やり

臆病な私が破壊した街は無人電車の走るジオラマ

人類が火をつけた時あたたかく始まっている優しい滅び

花風に連れ立つ桜いまここで深呼吸して溺れてみたい

揃わないルービックキューブうち捨てて共存なんて夢物語

北野白熊


「29歳未明」

成り行きで始発で帰る半月は諦め時とわたしに告げた

ティラミスの最下層からひたひたと染み込んでくる無遠慮な闇

二十九時夜を終わらせないように環状線の揺れに任せた

木星の公転周期は十二年そのうち春は一度しかない

ただ時を可視化していく花びらは風が吹くたび巻き戻されて

腐葉土に至る過程の発熱で虫に喰わせる記憶に似たもの

後はもう単為生殖しかないと交雑させるわたしとわたし

その先は行き止まりだと聞いたのに壁を躙って進むなめくじ

向こうからこちらはきっと見えていない なのにまっすぐ被弾する雨

無限から三十程度引いたとて何も変わらず無限に無限

終わるとき落ちていくもの雨と星花びらと恋そして抜け殻

未明から続いた雨がやわらかく電車の窓に連ねる挽歌

きいろい


Seasonal

休眠打破されなくたって時満ちて咲くことだってあるかもよ 春

共存はもうできないの 一年の四分の一を花が苛む

華氏何度あればわたしは溶けますか温暖という長閑の上で

「もう暑い」から「まだ暑い」までの息 海水浴っていくらかかるの

予告なく降り出す雨の激しさが見知らぬ街を重ね塗りする

人間は慣れる生き物 濁流にまかれて足は底を探せど

歳時記の秋、実感を失くしてく きみがいちばん好きだったのに

青野 朔


じたばた

理想主義 無論無様に跳ねる鯉

まな板の上で のたうつ俺は

身を焦がす 水面にまたたく白日に

空を泳ぐその尾の傷跡に

天高く 押し戻す波 逆らって

鱗剥がれども 心は錦

黒の痣 混じる白髪に滲む赤

だって俺は竜じゃないから

滝仰ぐ 及ばぬ鯉か 登竜門

知るか構わぬ 幾度も跳ねる

氏64


きみの記憶のコスメBOX

新色のプチプラコスメ はじまりの風に吹かれて進める一歩

マスカラを塗ってあなたに会いにゆく鼓動もぜんぶ天まで届け

ドライブとUVクリームきみ色になりそうなほど焦がす太陽

ビビッドなネイルじゃなくて絡ませる理想の爪は櫻貝でしょ

落ちないという口紅も落とされて あんなに意地を張らなきゃよかった

突然の花束ほんと困るから、ウォータープルーフでも滲むから、

ストーリー蘇ってゆく香水はセピアの色の名作映画

真朱


人魚の棲む教室

僕たちの教室には人魚がいる 遠くを見ている ずっと遠くを

水泳部のあの子は人魚と呼ばれてる 横顔を見る そうだと思う

おそらくは棲んでる世界が違うからあの子の近くは息が苦しい

肺か鰓か人魚の呼吸方法を語るタナカは今日も楽しそう

深海の闇を映しているような孤独というより孤高の瞳

音楽の授業も人魚は歌わない ヴェートーベンの「運命」響く

爺ちゃんの遺した写真の一枚にあの子とよく似た瞳の少女

プールサイド濡れた人魚と目が合った その感情の名に慄いた

さよならと言われた気がした 放課後の夕日に透ける七色の鰭

担任は転校したとだけ伝え 雨に微かな幽かな潮の香

真夜中の鏡に映る知らぬ貌 瞳の奥に深海の闇

俺たちの教室には人魚がいた 遠くで潮騒 呼んでる ずっと

岡田道一


梅の園

地に坐す梅香龍のひげ先でメジロは歌う冬へのさよなら

ハロー、アン!こっちは梅が盛りだよ。歓喜の白路の様子はいかが?

満開でたたずんじゃった梅の園 たた・ずん・じゃっ・た たた・ずん・じゃっ・た

三月の梅雨に降る雨やわらかく落ちた先を鮮やかにして

おしまいは平等に来る木も人も法華経高く響く梅園

満開が遅れた今年の梅ならば胡蝶よ あなたも舞えるでしょうか

別木れすり


ラッキークローバー

分厚めのコートを脱いで不安げに「浮いちゃいそう」と微笑むあなた

死でさえも本能なのと言う人の生命線を小指でなぞる

長袖の端からのぞく手首には君の歴史が刻まれており

理不尽に傷つけられた君だから幸せになれオランダレンゲ

田仲トオル


家庭内巡回展

私から持ち込む風邪の家族内巡回展がはじまる一月

この風邪は咳と鼻水、発熱で目玉の展示は下痢になります

子どもらは同時感染バタバタとドミノみたいに倒れる二月

ヨーグルト、いちごにプリン 風邪の子に好物ばかり並ぶバイキング

ピタゴラピタゴラピタゴラスイッチ子どもの熱はまだ下がらない

感染の最後は夫 終幕を惜しんだ咳が居座り三月

水川怜


夢をみているフランツカフカ

変身はとめられなくて、恍惚はとめたくなくて……天使になれた?

チケットをひらひらさせてすいませ~~ん掟の門に入れてください

びかびかに光っているのが見えている城まで徒歩で約三か月

犬ぞりに患者を載せて死んでいる夜を横断する田舎医者

流刑地を流刑するくらい真剣に僕とお付き合いしてください

脱ぎ捨てられたサンダルのように川の中で夢をみているフランツカフカ


アンドロメダ聴こえてる?

滅びますと進化は告げて美しい所作で次々閉じられる傘

家族写真引き摺りながら泣かないで異星の都市よ無機の命よ

怒りならば地上の劫火 誇りとすれば全てが虚しい流星群

これは灰?(降り積もってゆく美しく)雪ではなくて?(雪ではなくて)

光年という距離想像し得なくてストロー同じ形に潰す

燃え進む炎はやがて辿り着く惑星最期の食事風景

なだれ込む光の水位 終わりって星の一生の事だったのよ

私達海を出てはいなかった塩基配列かおる汐風の夜

手を繋ぎ眠りましょうねひたひたと後は優しいディラックの海

アンドロメダ聴こえてる?彼方の姉よ滅びゆく双発の渦

川瀬十萠子


Passing Away

二ヵ月の余命宣告 現実を受け留めたくもできるはずなく

飼い猫の病衣のために針を持つせめて半年着られますよう

点滴の滴りじっと見つめてる聞き分けのよいいいコになって

食べようねたくさん食べて精つけてのんびり生きよう半年先も

そんなにも急がなくてもいいんだよ死なないで死なないで死なないで

駆け抜ける四倍速の猫の生ちゃんとわかっているつもりでも

いつか来るその時は来るとわかってたそれが今とは思いもせずに

人と猫、生の長さは違えども重さ等しく永訣の朝

もう一度鏡よ鏡会わせてよ虹の橋から呼び寄せてくれ

いつまでも泣いていたっていいじゃない涙はすべて愛なのだから

北乃銀猫


天使の輪はパルック

真夜中に狂ったふりをするよりも真昼の方が雰囲気あるよ

いいことをしたら天国行けるって新興宗教戦後日本

ケータイの繋がれてない充電器何かが何処か逃げた跡みたい

天使の輪パルックだった嘘じゃない点滅したの取り替えてたし

コンビニの帰りに足をふと止めて誰かの分の溜息吐いた

伊藤アニマ


求愛行動

本物の花の香りを知らぬまま虫を集めているフローラル

花式図で教えてあげる実をつけるためじゃなくても触れてほしくて

アイシテルアイシテルって鳴きあって遺伝子たちはいつも嘘つき

正常か異常かなんてわからない鴉の死姦動画を観てる

人として答えあわせをするように抱き合ったまま交尾をしよう

よしなに


ぬいぐるみに好きだよと言う

ぬいぐるみに好きだよと言って抱きしめてもらう夜があってもいいし

ぬいぐるみの眼はボタンだというのになんでも見てきた眼をしている

ぬいぐるみにはぶつけられなくて謎のふかふかのもの投げていた

ぬいぐるみの撫で方がよそよそしい君に安堵している

ゼロの紙


踊り場

(遺伝子組み換えではない)但し書きは独り言にみえて呟く

受精した偶数のつぶ甘たるくコーンスープは溶けのこる濃く

前髪を切れば冷たい細胞はタイルの床でほんとの最期

父からのLINEは突然変異して呪いの手紙に似ている腫瘍

母からの23本のほうが好き染色体ってかわゆい名前

新しい螺旋階段となるわたし高速ステップ踏める踊り場

花粉症じゃないあなたは優しくて海老チャーハンの海老抜きオーダー

爪柔くこの子の宇宙は無二ゲノム癇癪起こす熱量で飛び

カフェオレとカフェラテくらいの違いでしょう私とあなたの差なんて微々

海のあお空の青からうつったの地球も青いね血汐が透ける

はるかぜ


にんげんみまん

にんげんを好きになれないあのころの記憶がどうも邪魔をしている

にんげんがにんげんのため生み出したものらしいから社会が苦手

にんげんは案外悪いやつじゃないだから滅ぼすこともできない

にんげんに興味がなくてだんだんとすべてどうでもよくなっていく

にんげんを好きになりたいほんとうは世界が暗くなりきる前に

竜泉寺成田


窓から

三角巾なるものが必要だった 風のうねりをたどってゆける

つまさきがくりかえされている たぶん渡り廊下に向かうつまさき

王朝の成立のまま眠りたい ひときわ冴えた白墨の音

産毛より綿毛を先に 午後はその生温い大気をはこぶため

窓側と走るための道側があり教室という通過点にいる

ぶりきのかに


普通人間

もういないあなたの泣いている顔が無職のわたしの絵日記のなか

負け虫という蔑称を賜って羽根はあるのかとしつこく詰めた

全米が泣いた映画のなかにいる泣いてる人に嘘をあげます

脳科学、へぇー、そーなんだ だとしてもこの水流は止まりませんよ

早稲田式クイズ早押し機をかまえあなたはいつもどこか汚れて

亡霊は詩人らしいがこの出来じゃネットロアにはなれそうもない

包丁の裏でやさしく剥がされるわたし(遺伝子組み換えでない)

カーテンの丈が微妙に足りてないわたしの部屋に風も寄らない

夕陽にも負けない笑顔で見送ったあなたはマイスリーを知らない

店長を辞めさせられた人がまだ店長として夢のなかでは

許せない人がたくさんいるときのこころのなかのゴリラの背中

神様はいるんだろうけど信仰はしてないっていう奴らの祈り

狂人のふりはできない地下鉄におそろしいほど人の匂いが

Xが上手い猿にはならないよずっとツイ廃でいたかったよね

呪われる心当たりもないままのひとりの旅の波音しずか

畳川鷺々


いつかの春の

お花見に行こうと夢で言ってたよ寝起きの君を抱き寄せてみる

エイプリルフールに君が告ぐ別れ嘘じゃないって知ってるよバカ

君の手がいつもみたいにあったかくない、もうわたし愛されてない

恋を終え友に愚痴る夜、居酒屋が無情に流す『ラヴ・イズ・オーヴァー』

ふたりでさ行けるとこまで行こうっていつかの春の君のたわごと

桜井弓月


アンパンマンの休日

徹夜明けみたいな顔で明日まで正義をサボるアンパンマン

工場の裏でチーズを蹴り飛ばす躾と言い張るアンパンマン

バタコから小銭をもらう助けてるお礼をよこせとアンパンマン

春のパン祭りに紛れメロンパンナに抱きついたアンパンマン

紳士ぶる食パンマンをバーナーでトーストにするアンパンマン

練習でカレーパンマンのみぞおちにアンパンチするアンパンマン

ジャムじぃーの肩を揉みつつ賃金のアップを相談アンパンマン

アンパンチという割にチョキで目を潰しにかかるアンパンマン

アンパンの顔を拾って物陰で齧りついてるアンパンマン

今日もまた悪事を叩くヒーローへそれいけ僕らのアンパンマン

エビ山


繰り返す新生活

深呼吸しているような通過待ち電車の静かな臓器になった

ドライにもなるともらった花だけど毎日水を変える意地でも

ただ側にいれたら家族なのかしら子持ちメカブの親は誰なの

ふくらはぎ揉んでほっそりした分の私が溶けた湯に甘えてる

食いしばるクセがどこかに行きました上からも下からも桜

山瀬ぬく


moon nights

夜空を濾して淹れたコーヒー、星のかけらが喉に刺さる

君と過ごした時間を宇宙として、思い出が星座になる速さを求めよ

流れ星 ひつじの点呼が終わり次第ひづめを合わせて祈るだろうね

サプライズ好きの宇宙飛行士が月にこっそり植えたチューリップの赤

月をかくした夜があること、照らさなくていい闇があること

塩﨑


光栄ある孤立

とりどりの毛布重ねて動けない朝の私はすこし油絵

朝礼に間に合うバスを見逃した。雨に縫い付けられていたから

図書室で一番地味な岩波の注釈ばかり覚えてしまう

穏やかな素行不良としてメロス以外の太宰治を読んだ

混色で用意できない白絵の具 会話の余白が似合う私

星空にボタン電池が浮かんでて外してみたい満月がある

惑星は星座にならないけど空を毎晩違うものにしている

めめんと


海へ

背中から光に撃たれ七色の血飛沫あがる黒ボールペン

教室の瞼を裏返せば青い招かれぬ影または滴り

海って光るんだね 波に洗われてほどなく消えてしまう声

透明なものは光に無視されるけれど涙は光に還る

拒まれることを想像することも罪なのですね 神・光・海

宇祖田都子


Night in the Woods

僕がまたベッドの底へ逃げるのは夜が自重で落ちてくるから

悪夢から命からがら逃げ込んだ先の悪夢の先には悪夢

脳なのか心臓なのか止まりたいと思ってるのはどっちだろうか

いたずらでナイフを刺し合えればいいね 森の中心には何もない

いつ灰が降りかかってもいいように死体みたいな姿勢を保つ

雨野水月


神様二題

戯れに出雲の社(やしろ)で運試し神の怒りかいまだ独身

どのひとも自分専用神がいてほかを認めず絶えぬ争い

よいしょ上手の高木さん


夜の音楽

終わらないタスクばかりが積み上がり崩れる音を予想している

残業は人の心を狂わせる手当が出ないのなら余計に

夜の渋谷を駆けるおれを笑うように田園都市線のシャッターは閉じる

終電を逃して歩く246明けない夜がないから困る

トラックが真横を過ぎるエンジンの音だけが真夜中の音楽

多摩川を越える 落ちそうで怖いし落ちても生きてそうで怖いし

帰りたい場所があることその場所であなたはすでに眠ってること

歩き続けて帰宅する午前3時眠れば朝がまた来てしまう

夜が明けてタスクはさらに積み上がりいつか崩れる確信がある

汐留ライス


主婦マリコ37歳

困ったらいつでも言えと言われるたび困った顔するほかないの

ぴかぴかのミーレの横で皿洗う効率が生む余白はこわい

ベランダで泳ぐワイシャツ合間から目に染みる園バスのイエロー

通うのをやめたクリニックを避けて駅まで五分長く見積もる

なんだってできる時間を無駄にしてなりたいものになれないわたし

愛されている不自由のない暮らし流れてゆかずただ澱む水

鬱屈を捌いて煮しめて食卓へ何も知らずにまんぷくあなた

てん


3月の緑くん

緑とは人物名でありまして、大崎駅でおおシャンゼリゼ

蝶番に生まれ変わったバカがいる 緑くんだろ俺も知ってる

緑くん、どこで何してんのかしらんが、猫の世話だけ忘れんなよ

女っ気の無い緑くんは蟻地獄で一夏を過ごしたらしい

モラトリアムを自ら捨てたバカがいる それは緑くんじゃなくて俺

緑くん、悪いけど暇ならこれちょっと楼蘭に返してきてくれ

備長炭を楽器かなんかと思ってる緑くん それ靴に入れときな

四辻


一駅分のハミング

それぞれの一日がある大口を開け運ばれる夜もあること

アナウンスワンテンポありドアが閉じ何の気なしにドアを見るふり

聴覚は生きているくせ肝心なものは流してそのまま右へ

盲導鈴ポーンと鳴って跳ね返る 反響音が大きいドーム

信号の青がまっすぐ目を刺して、刺して、刺して、車は来ない

右足の靴のかかとの内側を引きずる癖を影が真似する

夜、孤独、眠りについた家々も道もさみしくなんてなかった

わたしだけ起きている道 電灯がこんなに強く光るだなんて

イヤホンは外して歩く足音も吸い込むような夜が垂れて

沈丁花、梅、いくつかの花の香がすこしぬるまる風を感じる

振り返り誰もいなくて楽しくて酔いにまかせて少し回った

この夜は軽やかな夜 道行きの見えない闇の比喩ではなくて

口を閉じもれだす歌はハミングでちいさくゆるく道に残った

せんぱい


春告

おいでよと春が手招きしてるけど気を許したら裏切るんでしょ

気まぐれにやさしくされた一日でこの半年がぐらついている

この町に冬のスペシャルアンコールとして三月初雪が降る

シーソーのように浮いたり沈んだり距離は少しも縮まらぬまま

鼻先を掠めるように香り咲く 花のかたちは見えないけれど

言葉より先に嘘だとわかるからくちびるだけで笑わないでよ

君の手を緩く握って別の手で未来を描く春を弄る

明日着る春告の装いとして君の知らない黄のワンピース

りのん


侵略

始まりはきっと突然逃げ惑う鳩は翼を毟られて死ぬ

銃なんて見たことのない芋虫はきっと無邪気な死に際でしょう

ワタシタチタタカウイシハアリマセン蹴り殺されるうさぎの群れよ

身を守る術をもがれて猿たちは見ざる言わざる聞かざる逃げざる

吊るされた子獅子は二度と動かない正義の味方はどこにもいない

大義だと厳かに言うその裏で核のボタンに群がる蟻たち

鳩も猿もうさぎも獅子も芋虫もみんなみんないなくなって冬

アサコル


通報すべき

街へ出て肌にいちばん心地よいコートを選ぶ春暖の朝

春の水ぬくい匂いのせいでまた君の間合いに入ってしまう

両窓を下げ春風がサァとすぎ一時停止を後にしてゆく

花を見てこんな気持ちになるおれとおまえはやはり通報すべき

縞崎志麻


祖父の死

心停止母より連絡受けて発つ祖母を迎えにデイサービスへ

祖母の居るデイは利用者集まりて福祉車両の脇を抜け入る

病院に呼ばれた旨を伝えれば状況理解難しき祖母

脈拍を示す画面が横棒に祖父の死亡に立ち会いし朝

看護師に案内されし病室のカーテン開ければ横たわる祖父

集まりし我らに医師は微笑みて大往生だと診断下す

もういっぺん喋りたかったと言う祖母の背に手を当てることしかできず

葬儀社を呼ぶよう言われホールにて隅に隠れて番号を押す

葬儀社の背広の人はこの度はご愁傷様と頭下げくる

亡骸はストレッチャーに固定され皆に送られ病院を出る

退院の荷物を持ちて祖父の部屋団地の外はトラックの列

我は今鬱の病を患いて祖父の弔い御無礼をする

本葬の時間に我は自宅にてただ神棚に手を合わせ居る

葬儀より帰りし妻を労いて茶を入れ開ける引き物の菓子

春彼岸吾子らぼた餅こしらえて亡き祖父がため皆で参りぬ

独り居る祖母の団地に訪ねればひ孫の名前思い出されず

霊前へ供えに祭壇見上げれば祖父の微笑み黒縁の中

ちゃぶ台を広げぼた餅いただけば吾子が尋ねる「さみしくない」と

「さみしい」と祖母が答えし胸の内後に残りし者のつらさよ

もうちょっとおればいいよと引き留める祖母に手を振り団地後にす

匂蕃茉莉


おふろタイム(、あるいはわたしのこと)

脱衣所に視覚を置くとその他《ほか》の感覚たちが尖り始める

シャンプーに刻まれているギザギザはニンゲンだけにやさしい、暴力

結ばれぬ運命だから?シャンプーとリンスの詰め替え周期がずれる

やや強いシャワーによっておばけとの境界線をゆっくりなぞる

リンスインシャンプーのこと忘れてた 真の敵とはわたくしのこと

(皮膚という膜の内部に住んでいる命は水を知ってた)しぼむ

脱衣所で液体を拭き寝室で液体を塗る おばけが笑う

ほやほやなわたしのままでよこたわりじょじょにおばけとかさなっていく

てと


海鮮五劫ラーメン

結婚の話題が出るたびよぎるのは、約束未満のわたしとあの子

ほんとうは家から出たいと言っただけ(わかってる)もう帰らない沖

きみの手は欲するものに満たされて砕かれた恋をなんども拾う

拳銃もスポーツカーもいらないよ 闘争のない日々がほしいよ

来世、来世が来なくてもいいようにきみへ咲かす菩提樹 さよなら

山際潜


マジカル頭

キラキラの呪文を唱えご希望にそえてみせます 『マジカル頭』

こんにちは 唱えてみせて愛してるどうせただの挨拶だから

ひっそりとここで静かに願います。脇役ながら愛しています。

「お静かに」うるさい蝉を数えてく寒い図書館 8月 summer

まだ寒い旅立ちの春啜り泣く 間奏伴奏 I am mother.

回らない世界に吹いた春風は涙を拭う愛あるあなた

回らない寿司屋のぬるいイカ 1人回る寿司屋で味わう魚

立ち止まり目眩に揺れる罵詈雑言一人百役マイナスシャワー

サイリウム 皮を剥いたら咲いた花 速く動けば輪になるバナナ

サイリウムのように揺れる火の玉と3柵下手湧き立つ墓場

市井すい


べらぼう蔦重栄華乃夢噺より

ユリユリがピンクの髪を卒業し蔦重となる大河ドラマで

火曜ドラマ「初めて恋をした日に読む話」

毎週楽しみだったのは同じ

大門を出て行くときは花魁の吉原を去り再びの無き

道行はならねど瀬川と蔦重の生きる世界を繋ぐ錦絵

蔦重は恋は卒業しませんよ 瀬川の喜ぶ顔を見たさに

露の間も忘れぬものは重三郎 大門の外もなお氷雨降る

送り出す松葉屋半左衛門夫婦にも瀬川は娘であった此の街

苦界とされ地獄とされてもなお生きてこの街を出る死装束で

どこまでも追っていくのさ花吹雪 白無垢のその後ろ姿を

江戸の富士 遠く離れて見るものを 白雪に似た瀬川の旅立ち


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